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last updated 1997/08/17

第94話(全130話)

フィンフィンはその時




9 フィンフィンはその時

 ピートがパピロに「星読みって何?」と訊き、マリカがケダック国に正式に捕まった時、フ
ィンフィンは何をしていたかと言うと、彼は死んだふりをしていた。

 マリイアの童話

 昔、テオの海がまだ幼かった頃、海の中には百億の命が渦巻いていました。
 まだ空は燃え上がり、陸地も真っ赤に煮えたぎっていて、生まれたばかりのテオで生きられ
る場所は、ただ海の中よりなかったからです。
 この星の生命はすべて、海の中で育まれました。海は子供たちを愛しました。どんな姿の子
供でも、等しく愛を注ぎました。
 海の愛に包まれて、すべての生命は仲良く暮らしていました。
 けれど、空が冷えて青く澄み渡り、陸地が冷えて、そこに草や木が育ちはじめると、海に住
む百億の生き物たちの中には、海を出て空へはばたきたい、陸地を思いっきり駆け回りたいと
夢を見る子たちも出てきました。
 そういう夢を見た生き物たちの中にフィンク族がいました。彼らは海で泳ぎ回ることは大好
きでしたけれど、やっぱり好奇心旺盛な生き物なのでした。見たこともない場所へ行きたい、
誰も知らないことを知りたい、あちらこちらキョロキョロと動き回っています。そんなフィン
クは空や陸地が、もう近づいても大丈夫な世界になったと知ると、もうジッとしていられなく
なりました。行ってみたくてたまらないのです。新しく生まれたばかりの「空」という場所へ
、産声を上げている「陸地」という所へ、誰よりも早く行きたくて行きたくてたまらなくなっ
てしまったのです。
「ああ、ぼくは空って所に行ってみたいなぁ」
 フィンクはいつもいつもそうつぶやいて、タメ息をついていました。
 ある時、竜がやって来て、フィンクに言いました。
「おいフィンク。お前は空を飛びたいらしいけど、いったいどうやって飛ぶつもりなんだい?
お前には羽根がないじゃないか」
「あるさ、立派な翼だよ、ほら」
 とフィンクは自分の鰭を振ってみせます。すると竜は笑いました。
「そんな鰭なんかで飛べるものか。僕を見てごらん。背中に羽根を生やしてるんだぞ」
 竜がフィンクに背中を見せました。びっくり、です。何と竜の背中には小さいけれど、確か
に羽根が生えはじめていました。
「ぼくも空が飛びたいってずっと思ってた。だから一所懸命背中に翼を生やしたんだ。まだ小
さな翼だから飛べないけど、頑張って翼を大きくして、そしてぼくは本当に空を飛ぶのさ。空
を見上げてタメ息ついてる日々はもうすぐ終わるのさ」
 フィンクは竜の背中の翼を見て、羨ましくてたまらなくなりました。
 ぼくも空を飛びたい。
 でも竜くんみたいに背中に翼が生えてくる様子もないし、諦めるしかないのかなぁ。
 そう思いました。
 けれど、諦めきれませんでした。諦めてしまうには、夢は輝き過ぎていました。夢はフィン
クを笑顔で誘っているようでした。
 そしてフィンクは自分の鰭を空を飛ぺるくらい大きく強くしようと決意しました。
 さぁ、そうなるとフィンクと竜の競争です。どちらが早く空を飛べるようになるかの賭けが
はじまりました。
「もし、僕が負けたら、きみたちの餌になってあげるよ」
 フィンクは自信満々にそう言いました。もうじゅうぶん鰭は大きくなっていましたし、飛べ
るようになるのも時間の問題だと思ったからです。
「よおし、本当だな? じゃあぼくが負けたら、子供の子供の子供の代まで、竜はフィンクの
家来になると誓おう。その代わり、きみたちは本当に子子孫孫、竜の餌になり続けるんだぞ」
「いいとも! 受けて立つよ。どちらが早く飛べるようになるか競争だ。でも、太陽が十回巡
っても、まだどちらも飛べないようだったら引き分けだよ」
 フィンクは絶対の自信を持って言いました。
 竜はそれを聞いて笑いました。
「引き分けの心配なんかする必要ないさ。太陽が十回巡るのを待つ必要だってないんだよ。だ
って、ぼくはもうすでに空を飛べるんだもの!」
 言って竜は小さな羽根のままフワリと空へ舞い上がって行きました。
 さぁたいへんです。フィンクはとんでもない約束をしてしまいました。相手の力量というも
のをまったく推し量ろうとしないで、ただ自分の努力だけを評価していると、こういうことに
なってしまうんです。自分が十の努力している時に、百の努力している人は必ずいるものです
し、たった一の努力で軽々と目標をクリアしてしまう人だっています。なのに、自分の努力だ
けを見て、最高だと自惚れているから、こんなことになってしまいうのです。
 フィンクは大空の高くまで舞い上がって行く竜を見て、たいへんだ! と叫びながら鰭をバ
タバタさせて逃げはじめました。あまりにも懸命にバタバタさせていたので、いつの間にか自
分の体が海の上を飛んでいることに。フィンクは気づきませんでした。
「飛んでる!」
 やっとそれに気づいてフィンクは声を上げました。自由に大空を舞っている自分に、フィン
クはうっとりしました。体で風に乗ると、海の中から見上げながらいろいろ想像していた空よ
りも、ずっと素敵な場所だとわかりました。海の水はしょっぱいけれど、空を渡る風は甘い味
がします。海の水はエメラルド・ブルーからダーク・ブルーへと濃くなって行くだけですが、
空の色はもっと多彩でした。空には桃色もあれはぜ黄色もあります。紫だって金色だって、赤
だって緑だって、およそ考えつく色はすべて空の色なのでした。
 フィンクは思う存分、空を舞いました。どこまで高く飛べるのか試してみました。そうやっ
て遊んでいるうちに、ふとあの竜のことを思い出しました。
 そうだ。ぼくはあの竜ととんでもない約束をしてしまったんだっけ! フィンクは青くなり
ました。胸がドキドキしてきました。たまらなく怖くなってきました。
 いまにもあの竜が舞い下りてきて、自分をパクリと食べてしまうかもしれないのです。
 あんな約束はしたけれど、でも竜に食べられる餌として生きるなんて、フィンクは嫌でした
。だから逃げることにしました。
 どこまでもどこまでも逃げて、竜の目の届かない所に隠れようと思いました。
 もし竜にみつかったりした時は、そうだ、死んだふりをしよう。竜は生きてるものしか食べ
ないのだから、死んだふりをすれば、生きた獲物にしか興味のない竜のことだから、無視して
くれるだろう。そう思ったの。
                                          
 そして、いまでもフィンクは竜の子孫たちに出逢うと、死んだふりをするのです。そうやっ
て、約束通り、竜がパクリと自分を食べたりしないように祈っているのです。
 竜のほうは、けれどそんな遠い昔のこと忘れちゃってるみたいですけれどね。

(つづく)




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